「毒親」なんて言うと、
よっぽど悪いもののように感じますので、
あまりよろしくないネーミングだと思うのですが。

 

でも、「毒親」って一般化しちゃってるので、
私自身の感想はさておき、

今日からしばらくは「毒親」について
語らせていただきます。

中には、自分も「毒親」なんじゃないかと
心配なさっている方もいらっしゃるようです。

しかし、そう思っているなら大丈夫!

 

毒親って自己中な性格をしてますので、
本当の「毒親」って、
自分が間違っているんじゃないか、
なんて言う殊勝な思いは抱きませんので。

 

まずは「毒親」の定義からですね。

 

ウィキペディアによると、
毒親は毒になる親の略で、
スーザン・フォワードが作った言葉であり、
「子どもの人生を支配し、子どもに害悪を及ぼす親」
を指す言葉として用いたそうです。

 

「毒親」は、
親の「自己愛」問題が主な共通点であり、
自己愛的な親について語られることが多く、
主に母親が対象として取り上げられます。

 

簡単に言っちゃえば、自分大好き、
やりたいようにやる、
やりたいようにできない
足かせになる子どものことなんて
知ったこっちゃない、

と言うところでしょうか?

 

また、毒親に育てられたと考える人が、
自らを毒親育ちと称することも多いのです。

 

親だけでなく「毒家族」「毒家」「毒娘」等、
その人が問題と感じる家庭の対象に「毒」を付ける形で
派生語が作られています。

 

言葉は悪いとは思いますが、
自分がこんな風になったのは、
毒親や毒家族に育てられたせいだ、
と言うところでしょう。

 

と言うことは、
子どもが「親のせいで自分は不幸だ」
と思えば「毒親」?

つまり、「毒親」かどうかなんて、
客観的視点よりも、
受ける側、つまり子どもの
受け取り方だってことではないでしょうか?

 

極端な言い方をすると、
原因が何であれ、いじめられたと主張すれば
いじめがあったとする
いじめの定義と同じですよね。

過激な解釈、すみません。

 

毒親の肩を持っているわけではないのですが、
ものの見方にはいろいろな側面があるってことで、
それを考えてほしくて書きました。

 

「毒親」の定義、
このブログを読んでいる方に、
今一度考えていただきたいと願っています。

 

あなたの心、ふわりと軽く♡